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ロシア海軍太平洋艦隊の病院船イルティシュは新型コロナウィルスに関連して患者の収容人数を増やす

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『タス通信』より
2020年4月7日19時44分配信
【海上病院「イルティシュ」の収容人数はロシア連邦東方の国防省病院の負担軽減の為に増加する】
モスクワ、4月7日/タス通信

ロシア連邦国防相セルゲイ・ショイグ上級大将は、多くのコロナウィルス感染者を受け入れる可能性が有る極東の軍当局の病院の負担軽減の為、病院船「イルティシュ」の患者数の増加を命じた。

「私は、東方軍管区及び太平洋艦隊の司令官へ、軍病院管理総局と共に、10日以内に病院船イルティシュの収容数を450席に増加させるように指示を出しました」
ショイグ
は、火曜日の軍当局のテレビ電話会議で話した。

国防相によると、これは、極東の国防省の医療施設の負担を軽減し、コロナウィルス感染の兆候が有る者をより多く受け入れる可能性の為に準備され、この為に非感染者をより多くへ割り当てる為に必要な事である。

ロシアでは、4月7日に7497件のコロナウィルス感染が記録され、494人が回復した。
大部分の感染は、モスクワで発生している(5181件)。
連邦実施本部によると、モスクワ時間10時30分、58名が死亡している。
政府は、国の状況を知らせる為、ストップコロナウィルス・ロシア連邦リソースを開設した。




プロジェクト320病院船「イルティシュ」は、ポーランドシュチェチン造船所で1988年11月25日に起工され、1989年7月6日に進水し、1990年7月31日に竣工し、1990年8月10日にソ連海軍へ就役しました。
就役後は太平洋艦隊へ配備されました。

2013年秋から約1年間かけてナホトカ艦船修理工場で近代化改装が行なわれました。
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[ロシア海軍のオビ級病院船は復帰する]


2016年5月にはクリル諸島マトゥア島(松輪島)の調査へ参加しました。
[クリル諸島のマトゥア島でロシア海軍太平洋艦隊の基地建設の為の調査が進められている]

2016年8月から9月まで東南アジアへの遠距離航海を行ない、この間にASEAN諸国国際演習『ADMMプラス』へ参加しました。

[ASEAN諸国の国際演習へ参加したロシア海軍太平洋艦隊の病院船イルティシュはウラジオストクへ帰港した]


2017年前半には地中海東部(シリア)へ派遣されました。
[ロシア海軍太平洋艦隊の病院船イルティシュは地中海東部からウラジオストクへ帰投した]


2018年9月のロシア連邦軍大演習『ヴォストーク-2018』へ参加しました。
[戦略演習『ヴォストーク-2018』へ参加するロシア海軍太平洋艦隊の大型水上艦はオホーツク海で揚陸艦部隊を護衛した]

2019年8月下旬に宗谷海峡を通過してオホーツク海へ入り、太平洋艦隊の演習へ参加しました。
[ロシア海軍太平洋艦隊水上艦艇部隊はオホーツク海で演習を行なった]
[ロシア海軍太平洋艦隊水上艦艇部隊はカムチャツカ半島へ到着した]

最近では、2020年3月末~4月初頭の太平洋艦隊戦術演習へ参加しており、現在はオホーツク海に居ます。
[ロシア海軍太平洋艦隊カムチャツカ方面部隊は演習を終えて基地へ戻る]

そして今回、ロシア連邦国防相セルゲイ・ショイグ上級大将は、間もなくウラジオストクへ帰投する「イルティシュ」の収容患者数の増加を命じました。

ロシア国内でも新型コロナウィルス感染者は増加しており、今後の極東地域での増加に対処する為、極東地域軍病院へ入院しているコロナウィルス感染者以外の患者を「イルティシュ」へ移し、軍病院のベッド数に空きを作るのが目的です。

「イルティシュ」へコロナウィルス感染者を受け入れるという話では有りません。
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ロシア海軍バルト艦隊の大型揚陸艦アレクサンドル・シャバリンはクロンシュタットでオーバーホールを行なう

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『タス通信』より
2020年3月18日配信
【サンクトペテルブルクで揚陸艦「アレクサンドル・シャバリン」が2021年に修復される】
サンクトペテルブルク、3月18日/タス通信

『クロンシュタット海洋工場』大型揚陸艦「アレクサンドル・シャバリン」の修理完了を2021年に計画している。
『タス通信』は同社広報サービスより伝えられた。

「私共は、今年に修理及びメンテナンスの為、約140隻の艦船の受け入れを計画しております。
その中でも、大規模修理の為に到着した大型揚陸艦アレクサンドル・シャバリンは、現在ドックに在ります。
修理には、今年と来年を見込んでおります」

広報サービスの代表は指摘した。

大型揚陸艦「アレクサンドル・シャバリン」は、グダニスク造船所(ポーランド)で建造され、1985年に進水し、1986年1月14日に艦はソヴィエト社会主義共和国連邦海軍旗を掲げ、BDK-60の名を受けてバルト艦隊へ加入した。
1986年、ソヴィエト連邦英雄を2回受賞したアレクサンドル・オシポヴィチ・シャバリン少将に敬意を表し「アレクサンドル・シャバリン」と命名された。
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『クロンシュタット工場』『統合造船業営団』へ加入しており、1858年に創業した。
毎年100隻以上の艦船の修理を行なっている。
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最も知られているプロジェクトの1つは、2016年の巡洋艦「アヴローラ」の修理である。



プロジェクト775大型揚陸艦BDK-60ポーランド『グダニスク造船所』で建造され、1985年6月11日に進水し、同年12月31日にソ連海軍へ納入されました。
翌1986年1月14日に海軍旗初掲揚式典を開催して正式に就役し、バルト艦隊へ編入されました。

1986年11月12日、「アレクサンドル・シャバリン」と命名されました。

就役後、1980年代末に2回アンゴラ人民共和国への遠距離航海を行なった以外はバルト海で行動していました。
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2012年12月17日にバルチースクを出航して地中海東部へ向かい、2013年1月のロシア海軍3艦隊合同演習へ参加しました。
[ロシア海軍3艦隊合同演習(2013年1月下旬)]

ノヴォロシースクで貨物を積み込む「アレクサンドル・シャバリン」(2013年8月)


ノヴォロシースクの埠頭を離れる「アレクサンドル・シャバリン」(2013年10月)


その後は黒海沿岸ノヴォロシースクシリアタルトゥースを往復する物資輸送任務に就き、2014年1月14日に帰投しました。

[バルト艦隊の大型揚陸艦アレクサンドル・シャバリンは地中海から母港バルチースクへ帰ってきた]

2014年7月末のロシア海軍の日の観艦式へ参加する「アレクサンドル・シャバリン」




2015年に再び地中海東部へ派遣され、2015年5月中旬に中国海軍との合同演習『海洋協同-2015』(第1段階)へ参加しました。
[ロシア-中国海軍合同演習「海洋協同-2015」(2015年5月)]

2015年6月上旬に地中海東部エジプト海軍との合同演習『友情の橋-2015』へ参加した後にバルチースクへ戻りました。
[合同演習『友情の橋-2015』を終えたロシア海軍とエジプト海軍の艦船はアレクサンドリアへ戻った]

2015年7月末のロシア海軍の日の観艦式へ参加する「アレクサンドル・シャバリン」


2016年7月にバルチースクを出航して地中海東部へ向かい、2016年8月末から同年12月末まで黒海沿岸シリアを往航する貨物輸送任務(シリア・エクスプレス)へ6回従事した後、2017年1月29日に帰投しました。

[ロシア海軍バルト艦隊の大型揚陸艦アレクサンドル・シャバリンは地中海東部から帰投した]

2018年7月末のロシア海軍の日の観艦式へ参加する「アレクサンドル・シャバリン」


2019年8月上旬にバルト海で行なわれたロシア海軍演習『大洋の盾-2019』へ参加しました。
[バルト海のロシア海軍演習『大洋の盾-2019』(2019年8月)]

2019年12月に『クロンシュタット海洋工場』へ回航され、2020年3月にドックへ入り、本格的なオーバーホールが始まりました。
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「アレクサンドル・シャバリン」のオーバーホールは2021年末までに完了します。

現在、ロシア海軍には、ソヴィエト時代に建造された大型揚陸艦(プロジェクト1171プロジェクト775)が計19隻在籍しており、既に艦齢は30年を超える艦が大半ですが、この「アレクサンドル・シャバリン」のようにオーバーホールが行なわれ、維持されています。
[ロシア海軍は19隻の大型揚陸艦を有する]

ロシア海軍最古参の潜水艦救助船コムーナは黒海で演習を行なう

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『ロシア連邦国防省公式サイト』より
ロシア南方軍管区(黒海艦隊)広報サービス発表
2020年3月11日10時0分配信
【黒海艦隊の救助船「コムーナ」及び有人水中装置AS-28乗組員は海上での実地連携へ取り組む】

黒海艦隊救助船「コムーナ」乗組員は、艦隊の戦闘訓練計画に沿って、意図された任務の遂行へ着手した。

活動実施の枠組みで「コムーナ」は、戦闘訓練射爆場の1つへ出航し、この数日間、船は駐留する有人救助装置へ適応し、水中有人捜索救助装置AS-28チームとの実地連携へ取り組む。
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AS-28班は、装置を10メートルから40メートルまでの様々な深度へ潜航させ、その中で、水中位置からの通信を点検し、更には収容及び海底からの浮上の行動方式へ取り組む。

深度40メートルでの救助者の実地技量を向上させる為、海底には潜水艦の昇降口ハッチの模型が固定される。

「コムーナ」の専門家は装置AS-28の水中への発進、昇降口ハッチへの航行及びドッキング-分離を支援する。

実施される演習活動には、黒海艦隊潜水夫船及び支援船も加わる。




潜水艦救助船「コムーナ」は、サンクトペテルブルクプチロフスキー造船所(現『北方造船所』)で1912年11月12日に起工され、1913年11月17日に進水し、1915年7月1日にロシア帝国海軍へ引き渡されました。
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1915年7月14日に海軍旗初掲揚式典を開催し、バルト艦隊へ編入されました。
(1967年に黒海艦隊へ転属)
就役時の船名は「ヴォルホフ」でした。
(1922年に「コムーナ」と改名)

以後、ロシア帝国海軍、ソヴィエト連邦海軍、そしてロシア連邦海軍で100年以上に渡り活動しています。
(2015年7月14日に就役100周年を迎えた)
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[ロシア海軍最古参・救助船「コムーナ」が見つめた93年]
[ロシア海軍最古参・救助船「コムーナ」就役93周年]
[ロシア海軍最古参・救助船コムーナは起工から100周年を迎えた]

2014年3月にはセヴァストーポリ浮きドックでのオーバーホールを完了しました。
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[ロシア海軍最古参・救助船コムーナはオーバーホールを終えた]

その後は黒海で度々演習を行なっています。
[ロシア海軍黒海艦隊の潜水艦救助船コムーナは黒海で救助演習を行なう]

2018年春頃からセヴァストーポリでオーバーホールが行なわれ、2018年11月下旬に復帰しました。


その後も、何度か黒海で演習を行なっています。


既に就役から104年以上経っている「コムーナ」ですが(今年7月14日には就役105周年を迎える)、今後も暫くの間は現役に留まるようです。


「コムーナ」は、近代化改装により「パンテラ-プリュス」などの最新機器を備えています。

遠隔操作水中捜索救助装置「パンテラ-プリュス」
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2016年2月以降は、太平洋艦隊から黒海艦隊へ移管されたバチスカーフAS-28(2008年に近代化改装)を搭載しています。
[小型潜水艇AS-28、現役復帰]

ロシア海軍太平洋艦隊の大型揚陸艦ニコライ・ヴィルコフは沿海地方で上陸演習を行なった

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『ロシア連邦国防省公式サイト』より
ロシア沿海地域情報供給部(ウラジオストク市)発表
2020年3月2日4時0分配信
【大型揚陸艦「ニコライ・ヴィルコフ」乗組員は太平洋艦隊海軍歩兵と共に海洋揚陸訓練へ取り組んだ】

太平洋艦隊大型揚陸艦「ニコライ・ヴィルコフ」乗組員は、太平洋艦隊独立海軍歩兵旅団の部隊と合同で、軍用車両の積載方法に重点を置く海洋揚陸訓練任務へ取り組んだ。
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車両及び人員の積載は、ウラジオストク近郊のデサントナヤ湾の無防備の道路で行なわれた。
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艦は、太平洋艦隊海軍歩兵の軍備として存在する40両以上の装輪車両及び装軌車両と、約200名の将兵を積載した。
合同訓練実施中、海軍歩兵の移動グループは、積載地域の防護と、その対空防衛を保障した。

海軍歩兵隊員の上陸は、本日(3月2日)にクレルカ岬地域の海洋揚陸射爆場で行なわれる。
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その後、海岸へ上陸した将兵は、指定地域への行進を行ない、野原の占領実行の枠組みで射撃陣地の準備を開始する。



プロジェクト1171「タピール」(獏)大型揚陸艦の13番艦「ニコライ・ヴィルコフ」は、カリーニングラード『ヤンターリ』造船所で1971年9月3日に起工され、1973年11月30日に進水し、1974年6月30日にソ連海軍へ就役し、太平洋艦隊へ編入されました。

就役前の「ニコライ・ヴィルコフ」
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1978年5月12日から1979年1月29日まで、初めてインド洋への遠距離航海を行ないました。
その後、1980年代末までに計7回のインド洋への遠距離航海を行ないました。

1984年頃の「ニコライ・ヴィルコフ」
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ウラジオストク艦船修理工場で修理中の「ニコライ・ヴィルコフ」(1990年9月)
左隣に停泊しているのは、同じく修理中のプロジェクト1134A大型対潜艦「ワシーリー・チャパエフ」だが、こちらは修理を完了する事無く1993年6月30日に除籍された。
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1993年末~1994年初頭にもペルシャ湾への遠距離航海を行ない、グレートブリテン、フランス、アメリカ海軍の艦と合同演習を実施しました。
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以後は遠距離航海へ出る事は無く、日本海及びオホーツク海でのみ行動しています。

太平洋艦隊には、計5隻のプロジェクト1171大型揚陸艦が配備されましたが、「ニコライ・ヴィルコフ」以外の4隻は、1994年7月5日付で除籍されました。

「ニコライ・ヴィルコフ」は21世紀に入っても現役に留まり続け、2008年6月30日には就役34周年を迎えました。
[大型揚陸艦「ニコライ・ヴィルコフ」就役34周年]

2018年9月上旬に極東で実施された戦略演習『ヴォストーク-2018』にも参加しています。
[ロシア海軍太平洋艦隊の揚陸艦部隊は演習『ヴォストーク-2018』へ参加する]

2019年3月1日には沿海地方で上陸戦闘訓練を行ないました。
[ロシア海軍太平洋艦隊の大型揚陸艦ニコライ・ヴィルコフは上陸戦闘訓練を行なった]


そして2020年3月2日、「ニコライ・ヴィルコフ」は、「太平洋艦隊の独立海軍歩兵旅団」の上陸演習を行ないました。

この「独立海軍歩兵旅団」とは、沿海地方に駐留する第155独立海軍歩兵旅団を指しています。

[第155独立海軍歩兵旅団]
・第390海軍歩兵連隊
・第59独立ウスリースク・コサック空挺強襲大隊
・第59独立海軍歩兵大隊
・第84独立戦車大隊
・浮揚戦車大隊
・第263独立親衛偵察大隊
・第1484独立通信大隊
・本部・砲兵偵察大隊
・対空防衛大隊
・第287独立自走砲大隊
・揚陸工兵中隊
・警備中隊


元々は第55モジル赤旗海軍歩兵師団(1968年12月1日編成)という師団規模の部隊でしたが、2009年12月1日付で海軍歩兵旅団に改編され、現在に至っています。

第155独立海軍歩兵旅団は、2019年9月からT-80BV戦車の配備が始まっています。
[沿海地方のロシア太平洋艦隊海軍歩兵旅団はT-80BV戦車を受け取った]

既に艦齢は45年を超えている「ニコライ・ヴィルコフ」ですが(今年6月30日には就役46周年を迎える)、後継となる揚陸艦が就役するのは、まだまだ先の話なので、未だ暫くの間は現役に留まり続けるでしょう。
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ロシア海軍黒海艦隊から除籍された大型対潜艦ケルチは2021年に解体される

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『タス通信』より
2020年2月18日配信
【大型対潜艦「ケルチ」の解体の開始は2021年に計画されている】
モスクワ、2月18日/タス通信

以前には黒海艦隊の一員だったプロジェクト1134B/BF(コード名「ベルクト-B」)大型対潜艦「ケルチ」の解体は、2021年に開始できる。
『タス通信』は火曜日にクリミアの造船分野の情報提供者より伝えられた。

「主要な作業は2021年に計画されております」
対談者は話した。

以前、この前の土曜日に艦で海軍旗降納式典が行なわれた事が伝えられた。
これは、海軍からの除籍を意味する。

大型対潜艦「ケルチ」は、プロジェクト1134B/BFの最後の艦であった。
それは、親衛ロケット巡洋艦「モスクワ」の修理期間中に黒海艦隊の旗艦の役割を準備していたが、2014年11月4日の機関区画の火災で艦尾を損傷した事により運命は変わった。
2015年に国防省委員会は、「ケルチ」を艦隊の戦闘編制から除外し、予備役にする事を決定した。
これは、黒海艦隊に在籍する最後の大型対潜艦であった。



プロジェクト1134B「ベルクト-B」大型対潜艦「ケルチ」は、1971年4月30日に黒海沿岸のニコラエフ市61コムーナ記念造船工場で起工され、1972年7月21日に進水し、1974年12月25日に就役しました。
[カーラ級ミサイル巡洋艦「ケルチ」就役35周年]
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就役後は、度々地中海へ進出しました。

1985年から1988年までセヴァストーポリで修理を行ない、この時に新開発の3次元レーダー「ポドべレゾヴィク」を試験的に装備しました。
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ソ連邦解体直後の1992年2月4日から16日まで地中海へ進出しました。
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1994年4月27日から1997年6月12日まで黒海艦隊旗艦を務めました。
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2005年1月~9月にノヴォロシースクでオーバーホールを行ないました。
[ノヴォロシースクのカーラ型ミサイル巡洋艦「ケルチ」(2005年)]

2009年11月25日にセヴァストーポリを出航する「ケルチ」


2011年6月、黒海へ入ってきたアメリカ合衆国海軍ミサイル巡洋艦CG-61「モンテレー」を約2週間に渡り追跡・監視したのが「ケルチ」の最後の外洋での活動となりました。
(その後も、セヴァストーポリで毎年実施される黒海艦隊の観艦式には参加していましたが)
[最後のカーラ級ミサイル巡洋艦ケルチ近影(2012年6月)]

大型対潜艦「ケルチ」艦内(2011年7月)


しかし、ロシア黒海艦隊旗艦・親衛ロケット巡洋艦「モスクワ」のオーバーホールに伴い、同艦の代わりの黒海艦隊旗艦として復帰する事になり、修理が開始されました。
[最後のカーラ級ミサイル巡洋艦ケルチは2015年からロシア黒海艦隊旗艦となる]
[ロシア黒海艦隊の大型対潜艦ケルチは2015年末までに修理を終える]

その修理作業の最中の2014年11月4日に火災が発生しました。

[ロシア海軍黒海艦隊の大型対潜艦ケルチで火災が発生した]

この火災により、機関室付近が燃えてしまいました。
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その後、修理を続けるのか、或いは修理を断念して除籍、解体するのかを決める為、浮きドックへ入渠して損傷個所の調査が行なわれました。
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その結果、機関室付近の損傷が激しく(機関室周辺のケーブル線などは全焼)、修理するのは高く付く事になり、艦齢40年の「ケルチ」には、そこまでする価値は無いという結論に達し、一転して解体される事になりました。
[ロシア海軍黒海艦隊のカーラ級ミサイル巡洋艦ケルチは解体される]

2020年2月15日、ロシア海軍旗降納式典が開催され、正式に除籍されました。
[ロシア海軍黒海艦隊の大型対潜艦ケルチは除籍された]
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「ケルチ」の解体作業は2021年に行なわれる予定です。

ロシア海軍黒海艦隊の大型対潜艦ケルチは除籍された

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『タス通信』より
2020年2月17日配信
【大型対潜艦「ケルチ」は黒海艦隊から除籍された】
タス通信、2月17日

近年は黒海艦隊の予備役となっていたプロジェクト1134B/BF(コード名「ベルクト-B」)大型対潜艦「ケルチ」は、海軍から除籍された。
『タス通信』は月曜日にクリミアの法執行機関の情報提供者より伝えられた。

「大型対潜艦の海軍旗降納式典は、この前の土曜日に行なわれました。
今、同艦は国防省の軍用資産のカテゴリーへ移され、廃棄を待っています」

彼は話した。

大型対潜艦「ケルチ」は、プロジェクト1134B/BFの最後の艦であった。
それは、親衛ロケット巡洋艦「モスクワ」の修理期間中に黒海艦隊の旗艦の役割を準備していたが、2014年11月4日の機関区画の火災で艦尾を損傷した事により運命は変わった。
2015年に国防省委員会は、「ケルチ」を艦隊の戦闘編制から除外し、予備役にする事を決定した。
これは、黒海艦隊に在籍する最後の大型対潜艦であった。

ソヴィエト社会主義共和国連邦及びロシア連邦海軍において、大型対潜艦「ケルチ」は45年間勤務した。



プロジェクト1134B「ベルクト-B」大型対潜艦「ケルチ」は、1971年4月30日に黒海沿岸のニコラエフ市61コムーナ記念造船工場で起工され、1972年7月21日に進水し、1974年12月25日に就役しました。
[カーラ級ミサイル巡洋艦「ケルチ」就役35周年]

就役後は、度々地中海へ進出しました。

1985年から1988年までセヴァストーポリで修理を行ない、この時に新開発の3次元レーダー「ポドべレゾヴィク」を試験的に装備しました。
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ソ連邦解体直後の1992年2月4日から16日まで地中海へ進出しました。
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1994年4月27日から1997年6月12日まで黒海艦隊旗艦を務めました。
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2005年1月~9月にノヴォロシースクでオーバーホールを行ないました。
[ノヴォロシースクのカーラ型ミサイル巡洋艦「ケルチ」(2005年)]

2009年11月25日にセヴァストーポリを出航する「ケルチ」


2011年6月、黒海へ入ってきたアメリカ合衆国海軍ミサイル巡洋艦CG-61「モンテレー」を約2週間に渡り追跡・監視したのが「ケルチ」の最後の外洋での活動となりました。
(その後も、セヴァストーポリで毎年実施される黒海艦隊の観艦式には参加していましたが)
[最後のカーラ級ミサイル巡洋艦ケルチ近影(2012年6月)]

大型対潜艦「ケルチ」艦内(2011年7月)


しかし、ロシア黒海艦隊旗艦・親衛ロケット巡洋艦「モスクワ」のオーバーホールに伴い、同艦の代わりの黒海艦隊旗艦として復帰する事になり、修理が開始されました。
[最後のカーラ級ミサイル巡洋艦ケルチは2015年からロシア黒海艦隊旗艦となる]
[ロシア黒海艦隊の大型対潜艦ケルチは2015年末までに修理を終える]

その修理作業の最中の2014年11月4日に火災が発生しました。

[ロシア海軍黒海艦隊の大型対潜艦ケルチで火災が発生した]

この火災により、機関室付近が燃えてしまいました。
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その後、修理を続けるのか、或いは修理を断念して除籍、解体するのかを決める為、浮きドックへ入渠して損傷個所の調査が行なわれました。
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その結果、機関室付近の損傷が激しく(機関室周辺のケーブル線などは全焼)、修理するのは高く付く事になり、艦齢40年の「ケルチ」には、そこまでする価値は無いという結論に達し、一転して解体される事になりました。
[ロシア海軍黒海艦隊のカーラ級ミサイル巡洋艦ケルチは解体される]

2020年2月15日、ロシア海軍旗降納式典が開催され、正式に除籍されました。
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今後、「ケルチ」は解体される事になります。

ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイはセヴァストーポリで記念艦として保管される

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『タス通信』より
2020年2月14日配信
【50年以上黒海艦隊で勤務している艦はセヴァストーポリの博物館への転換が計画されている】
セヴァストーポリ、2月14日/タス通信

50年以上に渡り黒海艦隊の一員だった警備艦「スメトリーヴイ」は、セヴァストーポリで博物館となる事が計画されている。
『タス通信』は、連邦院(上院)メンバーの元黒海艦隊副司令官ワレーリー・クリコフ中将より伝えられた。
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「警備艦スメトリーヴイは、50年以上に渡り海軍の一員として勤務しました。
最近まで同艦は黒海艦隊の一員として任務を遂行しておりましたが、現時点では、既に編制から除かれております。
このシリーズの艦は、艦の構造が世界で最も美しいものの1つと見られております。
加えて、これらは『歌うフリゲート』と呼ばれておりました。
最初のガスタービン装置が設置され、しかもそれは航空機であり、艦が動く時に異様な音を出しました」

上院議員は話した。

彼は、この艦が海軍の日(7月の最終日曜日に迎える)に博物館となる事が計画されており、黒海艦隊の主要基地セヴァストーポリの為の浮かぶ記念日となると説明した。

黒海艦隊副司令官(軍事及び政治活動担当)イーゴリ・クロチュキン少将は、市の中心部のアルトブーフタへ艦博物館を設置する選択肢が検討されていると報道陣へ話した。
「各々の海洋都市、特に艦隊の『首都』は、このような博物館~艦博物館を有しております。例えばクロンシュタットとか。
ですが、企画は単純では無く、それは深い検討が必要です。
艦が設置された場合、それは、この場所の飾りとなるのみならず、市の財産として市民やゲストを呼び込むものとなるでしょう」

彼は付け加えた。

セヴァストーポリの記念と栄光の年の地域管理局を率いる知事代行ミハイル・ラズヴォザエフは、前日の管理局会議で、「スメトリーヴイ」は5月9日の戦勝記念日までに艦博物館として開設するという希望を表明した。

「スメトリーヴイ」は1967年に進水し、1968年に黒海艦隊の艦のリストへ含まれた。
艦は4460トンの排水量と144メートルの全長を有する。
兵装:対艦ミサイルKh-35「ウラン」、砲装置AK-726、高射ミサイル複合体「ヴォルナ」(ミサイル16基)、5連装533mm魚雷発射管、2基の反応爆雷RBU-1000
艦の乗組員には、22名の士官と244名の水兵が含まれる。
その年齢にも関わらず、「スメトリーヴイ」は、昨年には、黒海へ入ったNATOの艦と、同盟の演習を監視する為に派遣された。
2019年10月、警備艦は艦隊の常時即応部隊から除外された。
黒海艦隊サイトが伝えるように、「スメトリーヴイ」の博物館への改造計画に海軍総司令部は3000万ルーブルを割り当てた。



プロジェクト61警備艦「スメトリーヴイ」は、1966年7月15日にニコラエフ61コムーナ記念造船工場で起工され、1967年8月26日に進水し、1969年9月25日に海軍へ引き渡され、同年10月21日に黒海艦隊へ編入されました。
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1987年から1995年まで「プロジェクト01090」近代化改装が行なわれ、「ウラン」対艦ミサイルなどが設置されました。
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2013年1月以降は、度々地中海へ派遣されました。

2013年1月下旬に地中海東部および黒海で実施されたロシア海軍3艦隊(黒海艦隊、バルト艦隊、北方艦隊)合同演習へ参加しました。
[ロシア海軍3艦隊合同演習(2013年1月下旬)]

2013年9月12日から2014年2月8日まで地中海への航海を行ないました。
[黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイは地中海からセヴァストーポリへ戻った]

この間、2013年10月にはギリシャを訪問しています。
[黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイはギリシャを訪れた]

2014年5月から9月にも地中海への航海を行なっています。

帰港後はセヴァストーポリ浮きドックでオーバーホールが行なわれ、2015年8月下旬に復帰しました。
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2015年8月31日~9月1日に航行試験を行なった後、2015年9月14日にも検査航海の為に出航しました。
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2015年9月18日にセヴァストーポリを出航し、地中海ギリシャコルフ島(ケルキラ)へ向かいました。
[ロシア海軍最後のカシン級スメトリーヴイはギリシャへ行く]
[ロシア海軍最後のカシン級スメトリーヴイはセヴァストーポリを抜錨し、ギリシャへ向かった]

2015年9月22日、ギリシャパトラを訪問し、ロシア海軍旗である聖アンドレイ旗の由来となった聖人アンドレイ(アンドレイ・ペルヴォズヴァーンヌィイ)イエスの4番目の弟子(使徒)~の遺骸の一部が譲渡されました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイはギリシャのパトラを訪問した]

2015年9月25日にはコルフ(ケルキラ)島を訪問しました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイはギリシャのケルキラ(コルフ島)を訪問した]

その後、シリア沖へ向かい、2015年10月初頭には他の黒海艦隊所属艦と共に演習を実施しました。
[ロシア海軍は地中海で演習を実施した]

2015年12月13日、エーゲ海で投錨停泊中にトルコ漁船が衝突しそうになった為、警告発砲しました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイはエーゲ海でトルコ漁船と衝突しそうになった]

その後もエーゲ海地中海東部に滞在していたようですが、2015年12月末に母港セヴァストーポリへ戻りました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイは地中海を去った]

2016年1月、「スメトリーヴイ」の舷側番号は「870」に変更されました。
(以前は「810」だった)
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2016年3月6日にセヴァストーポリを出航して地中海へ向かい、6月10日に帰港しました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイは地中海へ向かった]

2016年10月28日にセヴァストーポリを出航し、10月29日にボスポラス海峡を南下して地中海へ入りました。

2016年10月31日から11月1日までギリシャを訪問し、ロシア皇帝家出身のギリシャ王妃オルガ(オリガ)の生誕165周年記念行事へ参加しました。

オリガ・コンスタンチノヴナ・ロマノヴァ(1851年9月3日~1926年6月18日)は、ロシア皇帝アレクサンドル2世の弟コンスタンチン大公の娘であり、1867年にギリシャ国王ゲオルギオス1世と結婚してギリシャ王妃となりました。
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「スメトリーヴイ」ギリシャを去った後も地中海東部(シリア沖)に滞在し、ここで2017年の新年を迎えました。

2017年2月下旬には地中海東部に居るアメリカ海軍原子力空母「ジョージ・H・W・ブッシュ」を追尾しました。
ブログ『BMPD』より
【「スメトリーヴイ」は「ブッシュ」を追う】

「スメトリーヴイ」は2017年3月5日にボスポラス海峡を北上して黒海へ入り、3月6日にセヴァストーポリへ帰投しました。

[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイは4ヶ月間の地中海航海を終えてセヴァストーポリへ帰投した]

2017年5月10日にセヴァストーポリを出航し、数日後に帰投しました。


それから10日後の2017年5月20日、セヴァストーポリから出航して対空戦闘訓練を行ない、高射ミサイル「ヴォルナ」AK-726 76mm連装砲を発射しました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイは黒海で対空戦闘訓練を行なった]

「スメトリーヴイ」は、そのまま南方へ向かい、5月22日にボスポラス海峡を通過して地中海へ入りました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイは地中海へ入った]

「スメトリーヴイ」は、フリゲート「アドミラル・グリゴロヴィチ」、「アドミラル・エッセン」及び大型揚陸艦3隻と共に、2017年5月23日から27日までリビア東部沖で演習を実施しました。
[ロシア海軍黒海艦隊の地中海での演習は終わった]

その後も暫く地中海東部に留まっていました。
[地中海東部ではロシア海軍黒海艦隊の約15隻の艦船が行動している]

2017年6月2日にボスポラス海峡を北上して黒海へ入り、6月3日にセヴァストーポリへ帰港しました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイは地中海からセヴァストーポリへ帰港した]


2018年4月20日、警備艦「プイトリーヴイ」「スメトリーヴイ」黒海で演習を行ない、沿岸、海上、空中目標への砲撃、泊地で襲撃を受けた際の対処、艦内のダメージコントロールの訓練を実施しました。
『ロシア連邦国防省公式サイト』より
ロシア南方軍管区(黒海艦隊)広報サービス発表
2018年4月20日16時38分配信
【黒海艦隊の警備艦「プイトリーヴイ」と「スメトリーヴイ」は海上で一連の戦闘訓練を実施した】

演習が終わった後も2隻はセヴァストーポリには戻らず、そのまま黒海を南下して2018年4月21日にボスポラス、ダーダネルス海峡を通過し、地中海へ入りました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦プイトリーヴイとスメトリーヴイは地中海東部(シリア沖)へ行く]

2018年4月末には地中海東部で実施された演習へ参加しました。
[ロシア海軍黒海艦隊のフリゲート2隻と警備艦2隻は地中海東部で演習を行なう]
[ロシア海軍黒海艦隊のフリゲート2隻と警備艦2隻は地中海東部で演習を続けている]

その後も地中海東部に滞在し、2018年7月24日にはキプロスリマソール港への寄港を終えて出航しました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイはキプロス訪問を終えた]

2018年8月22日に地中海を去り、母港セヴァストーポリへ向かいました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイは地中海を去った]
2018年8月25日にセヴァストーポリへ帰投しました。


2019年3月6日から数日間出航しました。


2019年4月16日にセヴァストーポリを出航し、4月19日に帰投しました。
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2019年5月21日にセヴァストーポリを出航し、フリゲート「アドミラル・エッセン」(2016年6月7日就役)、「アドミラル・マカロフ」(2017年12月27日就役)、警備艦「プイトリーヴイ」(1982年2月9日就役)と共に黒海で演習を実施しました。
『ロシア連邦国防省公式サイト』より
ロシア南方軍管区(黒海艦隊)広報サービス発表
2019年5月21日10時54分配信
【黒海艦隊のフリゲートは演習実施の為に出航した】

ロシア南方軍管区(黒海艦隊)広報サービス発表
2019年5月23日10時46分配信
【黒海艦隊のフリゲートと警備艦は海上射爆場で戦闘演習を実施した】

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2019年5月30日にセヴァストーポリを出航し、NATOの合同演習を監視する為にブルガリア沖へ向かいました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイはブルガリア沖でNATOの演習を監視する]

2019年8月8日に黒海へ入ってきたアメリカ海軍ミサイル駆逐艦「ポーター」の監視任務に就きました。
[ロシア海軍黒海艦隊の警備艦スメトリーヴイは黒海へ入ったアメリカ海軍の駆逐艦ポーターを追跡している]
これが「スメトリーヴイ」の最後の洋上活動となり、2019年10月には即応部隊から外され、事実上退役しました。
(未だ完全に海軍から除籍されてはいないようですが)

今後、「スメトリーヴイ」は記念艦としてセヴァストーポリで展示される事になります。

ロシア海軍の大洋研究調査船アドミラル・ウラジーミルスキーはオーバーホール後の航行試験を開始した

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『Mil.Press FLOT』(フロートコム)より
2019年11月8日17時11分配信
【大洋調査船「アドミラル・ウラジーミルスキー」は修理後の航行試験を開始する】

『クロンシュタット海洋工場』は大洋研究調査船「アドミラル・ウラジーミルスキー」の係留試験を完了した。
11月8日・金曜日に同社広報サービスが発表したように、船は10日間に渡り続く航行試験へ出航した。


係留試験は、承認されたプログラムに沿って2019年8月中旬から行なわれた。
この間にの居住保障システム機構、エンジン、電子機器、通信装置及びコンピュータの性能通りの動作が点検された。

航行試験の過程で専門家はの制御及び運転システム、航法システム、通信システム、主動力装置、最新の測量機器を点検する。

は2018年夏に工場へ到着した。
秋に「アドミラル・ウラジーミルスキー」の最初のドック入渠が行なわれ、船体の基礎作業、船底外部部品の修復、スクリュー-操舵複合体の作業が始まった。
2018年11月末にの修理は工場の南部岸壁で続けられた。

修理終了後、大洋研究調査船「アドミラル・ウラジーミルスキー」は、ロシア初の世界一周海洋探検家イワン・フョードロヴィチ・クルゼンシュテールンの生誕250周年記念日に捧げられる世界一周大洋調査探検へ向かう。
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船は、2020年1月に迎える南極発見200周年に合わせた行事へ参加する。

[Mil.Press FlotProm参照]
「アドミラル・ウラジーミルスキー」
プロジェクト852大洋研究調査船であり、建造された6隻の船から成るシリーズの中で唯一現役に留まっている。
水流観測、化学水文学分野の研究、海洋生物学観測、海洋気象学、光量測定、波動観測、高層気象学観測の為に意図されている。



プロジェクト852大洋研究調査船の3番船「アドミラル・ウラジーミルスキー」は、ポーランドで1973年12月1日に起工され、1974年4月4日に進水、1975年5月31日に就役し、黒海艦隊へ編入されました。

1990年から1994年までポーランドでオーバーホールを行ない、その後、バルト艦隊へ転属し、クロンシュタットへ回航されました。

2014年8月18日には北極海遠征に出発し、北極海を横断して10月下旬にはウラジオストクへ入港しました。

その後、太平洋を横断してパナマ運河を通過し、カリブ海へ行き、大西洋を横断して2015年1月17日にクロンシュタットへ帰投しました。

2015年11月6日には南極遠征へ出発し、2016年4月に帰投しました。
この間、アルジェ(アルジェリア)、スエズ(エジプト)、ジッダ(サウジアラビア)、ヴィクトリア(セーシェル諸島)、マダガスカル、マプト(モザンビーク)、ケープタウン(南アフリカ)、マラボ(赤道ギニア)、ルアンダ(アンゴラ)、リスボン(ポルトガル)を訪問しました。

南極遠征


帰港



なお、この「アドミラル・ウラジーミルスキー」の南極遠征に関し、全く根も葉もないデマを流布している者達が居ます。

2016年3月21日
【古代プラズマ兵器「ガブリエルの箱舟」ついに発見される!? 現在プーチンが南極に輸送中!】

2016年3月24日
【ガブリエルの箱舟】

2017年3月20日
【ロシア海軍が南極に運んだ究極のプラズマ兵器「ガブリエルのアーク」】

無論言うまでもなく、これらのページに書いてある事は全てデタラメです。
少し・・・頭冷やそうか・・・

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2017年12月にはインド洋の調査航海へ出発しました。


なお、「アドミラル・ウラジーミルスキー」には、2018年3月の時点で17名の女性乗組員が居ました。
(同船は乗組員170名+研究要員80名)
『ロシア通信社ノーボスチ』より
2019年3月8日3時1分配信
【(ロシア)海軍総司令官は国際女性デーに艦隊の女性(将兵)への祝辞を述べた】

2018年5月末にはシチリア島へ到着しました。


2018年6月8日に帰投しました。


2018年7月初頭からクロンシュタットでオーバーホール及び近代化改装が始まりました。
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オーバーホール完了後、2019年11月に洋上試験を開始しました。

洋上試験が終わった後、「アドミラル・ウラジーミルスキー」ロシア海軍へ復帰し、南極航海へ出発するようです。
[ロシア海軍の大洋研究調査船アドミラル・ウラジーミルスキーは2020年に南極へ行く]

記事中にロシア海軍の探検家提督アーダム・ヨハン・フォン・クルーゼンシュテルン(イワン・フョードロヴィチ・クルゼンシュテールン)の名前が出てきますが、同氏は1770年11月19日生まれですから、生誕250周年は2020年11月19日になります。
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この航海は南極発見200周年を記念するものでもありますが、ロシアでは、海軍軍人ファビアン・ゴットリープ・フォン・べリングスハウゼン(ファッデイ・ファッデーイヴィチ・べリンスガウゼン)が1820年1月28日に南極大陸を最初に発見したとされています。
(この他にも2名の候補が居る)

修理中の警備艦ネウストラシムイは2020年にロシア海軍バルト艦隊へ復帰する

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『タス通信』より
2019年10月26日16時10分配信
【ロンドンまでプーチンに同行した警備艦「ネウストラシムイ」は2020年に海軍へ復帰する】
モスクワ、10月26日/タス通信

2003年のロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンロンドン訪問へ同行し、何度もNATOの演習へ参加したバルト艦隊警備艦「ネウストラシムイ」は、長期修理の後、2020年に戦闘編制へ復帰する。
『タス通信』は、沿バルト造船工場『ヤンターリ』代理人セルゲイ・ミハイロフより伝えられた。

「ネウストラシムイの海軍への御引き渡しは、2020年半ばに予定しております」
対談者は話した。
戦闘当直へ復帰するまでに、艦は全ての種類の航行試験を行なう。

「ネウストラシムイ」は、沿バルト造船工場『ヤンターリ』(『統合造船業営団』へ加入)で2014年から大規模修理を始めた。

2003年夏、ウラジーミル・プーチングレートブリテン訪問の枠組みで、艦はロンドンへ到着し、テムズ沿岸のグリニッジ埠頭に係留された。
これは、ロシア-ブリテン関係の歴史においてロシア海軍戦闘艦の初めてのグレートブリテン訪問であった。
プーチンは外遊の枠組みでヨーク公と共に「ネウストラシムイ」を訪れた。

艦は、以前に実施されたバルト海でのロシアNATOの合同海上演習へ5回参加した~1994年、2002年、2004年、2007年。

プロジェクト11540(コード名「ヤストレブ」)警備艦「ネウストラシムイ」は、『ヤンターリ』で1987年に起工され、1988年に進水し、1990年に艦は海軍へ加入した。
警備艦の満載排水量は4350トン、艦の主要兵装は、対潜ロケット魚雷複合体「ヴォドパード-NK」である。
(海軍の)編制には、もう1隻の同プロジェクト艦「ヤロスラフ・ムードルイ」が在る。
第3の「ヤストレブ」も起工されたが、後に廃棄された。



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プロジェクト11540警備艦の1番艦「ネウストラシムイ」は、カリーニングラード『ヤンターリ』造船所で1987年3月25日に起工され、1988年5月25日に進水し、1990年12月28日にソ連海軍へ納入されました。
1991年3月14日にバルト艦隊へ編入されましたが、正式な就役式典となる海軍旗初掲揚式典が開催されたのは、ソ連邦解体後の1993年1月24日でした。

就役前の「ネウストラシムイ」(1991年11月)
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就役後、1994年、2002年、2004年、2006年、2007年にNATO海軍との合同演習『BALTOPS』へ参加しました。

2003年にはロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンのイギリス訪問に同行し、ロンドンを訪れました。

2004年8月~9月には、初の地中海遠征を行ない、この間にフランス、スペイン、ポルトガルを訪問しました。

警備艦「ネウストラシムイ」は、2008年秋にロシア海軍で最初のアデン湾海賊対処任務に就きました。
[ロシア海軍第1次ソマリア遠征]

2008年のアデン湾海賊対処任務の際に「ネウストラシムイ」が捕獲したソマリア海賊のボート
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そして2010年初頭、2度目のアデン湾海賊対処任務に就きました。
[ロシア海軍第6次ソマリア遠征]

2010年2月5日にはソマリア海賊7名を拘留しました。
[ロシア海軍フリゲート「ネウストラシムイ」、ソマリア海賊拘留]
[ロシア海軍フリゲート「ネウストラシムイ」、ソマリア海賊を拘留(RIAノーボスチ)]

2011年6月にはデンマークコペンハーゲンを訪問しました。

2012年7月から9月に掛けて北方艦隊大型揚陸艦と共に地中海へ派遣されました。
[北方・バルト・黒海艦隊合同艦船グループの地中海遠征(2012年7月-9月)]

その後、オーバーホールが行なわれました。
[フリゲート「ネウストラシムイ」は長期航海の為に修理を実施する]

「ネウストラシムイ」は、2013年3月下旬にバルチースクを出港、3度目の海賊対処任務の為にアデン湾へ向かい、10月17日に帰投しました。
[フリゲート「ネウストラシムイ」は3度アデン湾から帰ってきた]


その後、カリーニングラード『ヤンターリ』造船所へ回航され、修理および部分的な近代化改装(一部の電子機器の換装)が行なわれています。

ガスタービン機関は、サマーラ工場で修理されます。
[ロシア海軍のフリゲート"ネウストラシムイ"のガスタービン機関はサマーラで修理される]

当初、「ネウストラシムイ」は2015年末までに復帰する計画でしたが、2016年末、そして2017年11月と何度も延期される事になりました。
[ロシア海軍のフリゲート「ネウストラシムイ」は2015年に復帰する]
[ロシア海軍バルト艦隊の警備艦(フリゲート)ネウストラシムイは2016年末に復帰する]
[近代化改装されるロシア海軍バルト艦隊の警備艦(フリゲート)ネウストラシムイは2017年11月に復帰する]

2018年2月14日14時30分頃(モスクワ時間)、『ヤンターリ』で修理中の「ネウストラシムイ」で火災が発生しました。
火災は同日16時31分に鎮火しました。
消火には54名の消防隊員と15両の消防車が参加し、負傷者は居ませんでした。
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『Mil.Press FLOT』(フロートコム)より
2018年2月14日20時54分配信
【緊急事態省:警備艦「ネウストラシムイ」の火災は2時間で消し止められた】

「ネウストラシムイ」の修理完了は、2019年に延期される事になりました。
[ロシア海軍バルト艦隊の警備艦ネウストラシムイは2019年に近代化改装を完了する]
[ロシア海軍バルト艦隊の警備艦ネウストラシムイは2019年に近代化改装を終えて復帰する]

そして結局、2019年中の修理完了も実現せず、翌2020年に延期される事になりました。


記事中でも触れられていますが、プロジェクト11540警備艦は2隻がロシア海軍へ就役しています。

2番艦「ヤロスラフ・ムードルイ」は1991年に起工された後、資金難で工事が中断され、2000年代半ば以降に工事が再開され、2009年6月19日にロシア海軍へ納入、同年7月24日にバルト艦隊へ編入され、正式に就役しました。
[ネウストラシムイ級2番艦「ヤロスラフ・ムードルイ」はロシア海軍へ納入された ]
[フリゲート「ヤロスラフ・ムードルイ」、バルト艦隊に編入 ]

現在はインド洋への遠距離航海を行なっています。
[警備艦ヤロスラフ・ムードルイのインド洋遠征(2019年10月-) ]

この他、3番艦「トゥマン」が1993年に起工されましたが、1998年に工事は中止され、その後も再開される事は無く、2015年には正式に工事中止が決まりました。
[ロシア海軍は警備艦トゥマンと練習艦ボロジノの建造を完全に断念した]
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ロシア海軍バルト艦隊の警備艦ヤロスラフ・ムードルイは就役10周年を迎えた

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『ロシア連邦国防省公式サイト』より
ロシア西方軍管区(バルト艦隊)広報サービス発表
2019年7月24日14時35分配信
【バルト艦隊の警備艦「ヤロスラフ・ムードルイ」は海軍旗掲揚10周年を迎えた】

本日、ミハイル・ナヴォロツキー2等海佐が艦長を務めるバルト艦隊警備艦「ヤロスラフ・ムードルイ」は、海軍旗初掲揚の日から10周年を迎えた。

2009年に艦へ聖アンドレイ旗が掲揚されてから「ヤロスラフ・ムードルイ」は、作戦-戦略演習『ザーパド-2009』へ参加し、国際海軍演習『FRUKUS-2012』へ参加し、ロシア-パキスタン双務演習『アラビアン・モンスーン-2014』国際兵器展示会『インド・ディフェンス-2014』へ参加し、サンクトペテルブルク国際海軍サロンへ2度参加し、何度も地中海ロシア海軍常設作戦連合部隊の一員として戦闘任務を遂行し、アデン湾海域で対海賊当直へ就いた。

この10年間の勤務において、艦は総計937日間に渡る9回の海洋・大洋航海を行ない、170000海里以上を走破した。

艦の乗組員は、数十回のミサイル射撃と、数百回の砲、魚雷、反応爆弾の射撃を実施した。

現在、警備艦「ヤロスラフ・ムードルイ」は、『ロシア海軍の日』へ捧げられる祝賀行事へ参加する為、バルト艦隊の他の艦と共にカリーニングラード海峡において樽に係留されている。

[参照]
「ヤロスラフ・ムードルイ」
は多目的艦であり、潜水艦の捜索及び破壊、海上での戦闘艦及び船の対艦及び対潜防衛の保障、海上および基地の艦船へ打撃を与え、陸上部隊の戦闘行動の支援、海洋揚陸部隊の上陸の保障を含む広範囲の課題の解決の為に意図されている。
それは、艦及び潜水艦から作戦連合部隊の防衛を保障できる。
艦は、対艦ミサイル複合体、中距離及び近距離で動作する高射ミサイル複合体、魚雷発射管、反応爆撃装置を含む現代的な風貌の兵器を装備する。
艦には、対潜魚雷、無誘導ロケット及び深海爆弾を使用可能な艦上ヘリコプターKa-27が駐留する。
艦の排水量は4500トン、速力約30ノット、航続距離5000海里以上。
様々な緯度の海洋及び大洋における自立航行期間は30日。
艦の全長は130メートル、幅15メートル以上。



プロジェクト11540警備艦の2番艦「ヤロスラフ・ムードルイ」は、カリーニングラード造船所で1988年5月27日に起工され、1990年に進水しましたが、1991年12月のソ連邦解体以降は財政難により建造工事は中断されました。
[ネウストラシムイ級2番艦ヤロスラフ・ムードルイ]

2000年代半ばから工事は再開され、2009年6月19日にロシア海軍へ引き渡されました。
[ネウストラシムイ級2番艦「ヤロスラフ・ムードルイ」はロシア海軍へ納入された]
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2009年7月24日、バルト艦隊へ編入されました。
[フリゲート「ヤロスラフ・ムードルイ」、バルト艦隊に編入]

2011年末から2012年初頭に掛けて重航空巡洋艦「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ」の地中海遠征へ参加しました。
[アドミラル・クズネツォフ地中海遠征2011-2012]

2012年4月からロシア皇帝家(ロマノフ家)の後援を受ける事になりました。
[ロマノフ家は警備艦ヤロスラフ・ムードルイを後援する]

2012年6月末には国際海軍演習FRUKUS(France、Russia、United Kingdom、United States)へ参加しました。
[バルト艦隊フリゲート「ヤロスラフ・ムードルイ」は、国際海軍演習「FRUKUS-2012」に参加する]

2012年7月初頭から9月末まで地中海への遠距離航海を実施しました。
[北方・バルト・黒海艦隊合同艦船グループの地中海遠征(2012年7月-9月)]

2012年12月17日から2013年7月5日まで地中海への遠距離航海を実施しました。
[バルト艦隊艦船は地中海へ向かった]
[バルト艦隊艦船部隊は地中海から戻ってきた]

この間の2013年1月下旬には、地中海東部及び黒海で実施されたロシア海軍3艦隊(黒海艦隊、バルト艦隊、北方艦隊)合同演習に参加しました。
[ロシア海軍3艦隊合同演習(2013年1月下旬) ]

2014年8月9日から2015年2月21日まで、地中海、アデン湾、インド洋、東南アジアへの遠距離航海を行ないました。
[警備艦ヤロスラフ・ムードルイ遠距離航海(2014年8月-2015年2月)]

帰港後はガスタービンエンジンの修理が行なわれました。
[ロシア海軍バルト艦隊の警備艦(フリゲート)ヤロスラフ・ムードルイはガスタービンエンジン修理後の係留試験を行なった]

2016年4月に復帰しました。
[ロシア海軍バルト艦隊の警備艦ヤロスラフ・ムードルイはコルベット"ボイキー"と共に砲撃訓練を行なった]

2016年6月1日から12月19日まで地中海、アデン湾、大西洋、カリブ海への遠距離航海を行ないました。
[警備艦ヤロスラフ・ムードルイ遠距離航海(2016年6月-12月)]

2017年5月初頭からクロンシュタット海洋工場でオーバーホールが行なわれました。
[バルト艦隊の警備艦ヤロスラフ・ムードルイは『ロシア海軍の日』の観艦式へ参加する為にクロンシュタットでメンテナンスを行なう]

2018年3月20日に戦闘訓練の為に出航しました。
[ロシア海軍バルト艦隊の警備艦ヤロスラフ・ムードルイは海上訓練を行なった]

2018年4月15日にバルチースク基地を抜錨し、通算6回目となる地中海への遠距離航海へ出発しました。
[ロシア海軍バルト艦隊の警備艦ヤロスラフ・ムードルイは地中海へ向かった]
その後、地中海からアデン湾へ進出して海賊対処任務へ就き、2018年10月28日にバルチースク基地へ帰投しました。

[警備艦ヤロスラフ・ムードルイ地中海・アデン湾遠征(2018年4月-10月)]

2019年2月20日、「ヤロスラフ・ムードルイ」は、コルベット「ボイキー」(2013年5月16日就役)と共に対空戦闘訓練を実施しました。
[ロシア海軍バルト艦隊の警備艦ヤロスラフ・ムードルイとコルベット"ボイキー"は対空戦闘訓練を行なった]

2月末には大型揚陸艦「ミンスク」(1984年就役)と共に砲撃訓練を行ないました。
『ロシア連邦国防省公式サイト』より
ロシア西方軍管区(バルト艦隊)広報サービス発表
2019年2月26日15時37分配信
【バルト艦隊の大型揚陸艦「ミンスク」は海上で戦術任務を遂行する】

3月1日には対艦ミサイル「ウラン」の仮想発射訓練などを行ないました。
[ロシア海軍バルト艦隊の警備艦ヤロスラフ・ムードルイは海上戦闘訓練を行なった]

そして2019年7月24日、「ヤロスラフ・ムードルイ」は海軍旗初掲揚、即ち就役10周年を迎えました。

「ヤロスラフ・ムードルイ」は、7月28日の『ロシア海軍の日』バルチースク基地で行なわれる観艦式へ参加するようです。