ロシア海軍の為の特務原潜ハバロフスクの3Dモデルが作成された

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『ロシア通信社ノーボスチ』より
2017年1月26日15時21分配信
【設計者は初めて原子力潜水艦「ハバロフスク」の3次元モデルを作成した】
モスクワ、1月26日-ロシア通信社ノーボスチ

生産合同『セヴマシュ』の設計者は、国内の原子力水中造船の初の試みとして、水中無人装置を搭載する艦の建造のため、原子力潜水艦「ハバロフスク」の船体の完全な3次元モデルを作成した。
木曜日、造船所広報サービスは発表した。

「国内原子力水中造船において初めて、セヴマシュ計画設計局の設計者は、原子力潜水艦建造の為、艦の船体の完全な3次元モデルを作成しました。
予備設計は原子力潜水艦ハバロフスクで役立てられます。
この潜水艦は、世界の大洋の海底と水中の探査、大陸棚のモニタリング、海軍力の使用の保護とカバーの為の海軍のロボット手段を搭載する為に作成されます」

声明では、こう述べられた。

工場の設計者は更に、この艦の建造の為の計画文書の発行を通じ、プログラムの導入と開発を行なっている事は注目される。

「このような現代的な技術の使用は、品質を向上させ、作業の期間と量を著しく低下させます」
セヴマシュ
設計主任ユーリー・スピリドノフの談話を同社広報サービスは引用した。

「ハバロフスク」は、第5世代原子力潜水艦プロジェクト09851のトップである。
モジュール設計により、原子力艦は任務に応じて艦載兵装の交換、自動水中装置の使用が可能である。



プロジェクト09851特殊用途原子力潜水艦「ハバロフスク」は、2014年7月27日にセヴェロドヴィンスク『セヴマシュ』で起工されました。
[原子力潜水艦ハバロフスクはロシア海軍の日に起工された]
[秘密のプロジェクト09851特務原潜ハバロフスク]

原潜「ハバロフスク」の詳細や具体的なスペック(艦の大きさなど)は、一切公表されていません。

今回の『セヴマシュ』広報部の発表によると、「ハバロフスク」は、無人小型潜水艇を搭載する深海調査用原潜のようです。
更には、第5世代原子力潜水艦の試験艦としての役割も兼ねているようです。
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改造を終えた特務原潜ポドモスコヴィエ(モスクワ州)はロシア海軍へ引き渡された

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『中央海軍ポータル』(フロートコム)より
2016年12月26日14時32分配信
【原子力潜水艦「ポドモスコヴィエ」(モスクワ州)は近代化の後に(ロシア)海軍へ引き渡された】

艦船修理センター『ズヴェズドーチカ』は、大型原子力潜水艦「ポドモスコヴィエ」(モスクワ州)を修理並びに近代化の完了後にロシア海軍へ引き渡した。
12月26日・月曜日、同社広報サービスは発表した。


潜水艦の出航準備作業を艦船修理センターは2016年10月に完了した。
工場航行試験及びその後の国家受領試験は11月から12月まで続き、ロケット艦は全てのシステムと機構の整備状態を点検する課題へ取り組む為、数度の出航を行なった。

試験の結果、艦の技術特性は設計上の数値に沿っている事が証明された。

受領証書への署名式典には、海軍総司令部、北方艦隊、白海海軍基地の代表、国家防衛発注の履行へ大いに貢献した統合造船業営団海洋工学中央設計局『ルビーン』北方生産合同『アルクチカ』科学生産合同『アヴローラ』株式会社『北方停泊地』と、他の契約企業の幹部が出席した。

受領証書への署名式典は、黒海で大規模航空事故を起こしたTu-154の犠牲者への1分間の黙祷で始まった。

戦略水中ロケット艦K-64は1982年12月に『セヴマシュプレドプリャーチェ』で起工された。
これは、7隻から成る潜水艦シリーズの3隻目である。
原子力艦は1987年2月にソヴィエト社会主義共和国海軍の戦闘編制へ採用された。
同年に潜水艦の乗組員は白海の射爆場から弾道ミサイルの発射訓練を実施した。
その後、ロケット艦は、海洋戦略核戦力グループの一員として9回の自立戦闘任務を遂行した。

1999年、潜水艦は、修理と、ロシア国防省の深海調査管理総局の為の小型潜水艦を搭載する改造へと向かった。



プロジェクト667BDRM(デルタIV級)戦略用途ロケット水中巡洋艦K-64は1982年12月18日に起工され、1984年3月3日に進水し、1986年12月23日にソ連海軍へ納入されました。

翌1987年2月24日に赤旗北方艦隊第3潜水艦小艦隊・第13潜水艦師団へ編入され、正式に就役しました。

1988年10月に弾道ミサイルの発射訓練を行なった後、同年11月から戦闘勤務(戦略核パトロール)に就きました。

その後、1995年まで戦闘勤務に就いていましたが、1999年からは第2カテゴリー予備役となり、セヴェロドヴィンスク市艦船修理工場「ズヴェズドーチカ」へ回航され、特務原潜(小型原潜母艦)プロジェクト09787への改造工事が始まりました。
これに伴い、K-64BS-64と改称されました。

2002年以降、弾道ミサイル区画が撤去されました。
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2008年に「ポドモスコヴィエ」(モスクワ州)と命名されました。

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その後の動向は明らかにされませんでしたが、改造工事は進められ、2015年8月11日に造船台を出渠し、翌12日に進水しました。
[ロシア海軍の小型原潜母艦BS-64ポドモスコヴィエは造船台を出た]
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2016年10月22日、工場航行試験の為にセヴェロドヴィンスクを出航しました。
[ロシア海軍の小型原潜母艦BS-64ポドモスコヴィエは航行試験を開始した]


11月12日に一旦セヴェロドヴィンスクへ戻りました。

その後も航行試験は続けられ、12月23日までに最終試験である国家受領試験が終了しました。
[ロシア海軍北方艦隊の特務原潜ポドモスコヴィエ(モスクワ州)は国家試験を終えた]

そして2016年12月26日、「ポドモスコヴィエ」ロシア海軍へ引き渡されました。
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[特務原潜ポドモスコヴィエとAS-15は2016年末までにロシア海軍へ復帰する]
[特務原潜ポドモスコヴィエ(モスクワ州)は2016年12月にロシア海軍へ引き渡される]


記事中でも触れられていますが、12月25日、92名(アレクサンドロフ・アンサンブル団、いわゆる赤軍合唱団のメンバーを含む)を乗せてソチ空港を離陸したロシア軍旅客機Tu-154黒海に墜落しました。
『スプートニク日本語版』より
【露軍機ツポレフ154墜落】

『ロシア連邦国防省公式サイト』より
ロシア連邦国防省情報・マスコミュニケーション部発表
2016年12月25日10時16分配信
【ロシア国防省のTu-154の機上滞在者リスト】

ロシア海軍北方艦隊の特務原潜ポドモスコヴィエ(モスクワ州)は国家試験を終えた

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『中央海軍ポータル』(フロートコム)より
2016年12月23日12時1分配信
【特殊用途原子力潜水艦「ポドモスコヴィエ」(モスクワ州)の国家試験は完了した】

北方艦隊の特殊用途原子力潜水艦「ポドモスコヴィエ」(モスクワ州)は、修理および近代化の後の国家受領試験を完了した。
12月23日・金曜日、『インタファックス』は艦船修理センター『ズヴェズドーチカ』広報サービスを引用して報じた。


11月には、更新された潜水艦は2016年12月末までに海軍へ引き渡されると報じられた。
しかし、その期日の遵守に成功していないことは明白である。

修理及び近代化の作業完了後の10月22日、原子力潜水艦「ポドモスコヴィエ」は工場水域を去り、工場航行試験プログラムを実行する為に出港した。

戦略水中ロケット艦K-64は1982年12月に『セヴマシュプレドプリャーチェ』で起工された。
これは、7隻から成る潜水艦シリーズの3隻目である。
原子力艦は1987年2月にソヴィエト社会主義共和国海軍の戦闘編制へ採用された。
同年に潜水艦の乗組員は白海の射爆場から弾道ミサイルの発射訓練を実施した。
その後、ロケット艦は、海洋戦略核戦力グループの一員として9回の自立戦闘任務を遂行した。

1999年、潜水艦は、修理と、ロシア国防省の深海調査管理総局の為の小型潜水艦を搭載する改造へと向かった。



プロジェクト667BDRM(デルタIV級)戦略用途ロケット水中巡洋艦K-64は1982年12月18日に起工され、1984年3月3日に進水し、1986年12月23日にソ連海軍へ納入されました。

翌1987年2月24日に赤旗北方艦隊第3潜水艦小艦隊・第13潜水艦師団へ編入され、正式に就役しました。

1988年10月に弾道ミサイルの発射訓練を行なった後、同年11月から戦闘勤務(戦略核パトロール)に就きました。

その後、1995年まで戦闘勤務に就いていましたが、1999年からは第2カテゴリー予備役となり、セヴェロドヴィンスク市艦船修理工場「ズヴェズドーチカ」へ回航され、特務原潜(小型原潜母艦)プロジェクト09787への改造工事が始まりました。
これに伴い、K-64BS-64と改称されました。

2002年以降、弾道ミサイル区画が撤去されました。
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2008年に「ポドモスコヴィエ」(モスクワ州)と命名されました。

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その後の動向は明らかにされませんでしたが、改造工事は進められ、2015年8月11日に造船台を出渠し、翌12日に進水しました。
[ロシア海軍の小型原潜母艦BS-64ポドモスコヴィエは造船台を出た]
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2016年10月22日、工場航行試験の為にセヴェロドヴィンスクを出航しました。
[ロシア海軍の小型原潜母艦BS-64ポドモスコヴィエは航行試験を開始した]


11月12日に一旦セヴェロドヴィンスクへ戻りました。

その後も航行試験は続けられ、12月23日までに最終試験である国家受領試験が終了しました。


「ポドモスコヴィエ」は、2016年12月末までにロシア海軍へ引き渡される予定でした。
[特務原潜ポドモスコヴィエとAS-15は2016年末までにロシア海軍へ復帰する]
[特務原潜ポドモスコヴィエ(モスクワ州)は2016年12月にロシア海軍へ引き渡される]

しかし、国家受領試験の完了が12月23日ですから、12月31日までにロシア海軍へ引き渡せるかどうかは不明瞭です。

ソ連/ロシア海軍の最初の原子力潜水艦レニンスキー・コムソモールは記念艦となる

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『インタファクス』より
2016年12月9日13時51分配信
【ソヴィエト初の原子力潜水艦は(2017年)2月に再び進水する】
モスクワ、12月9日、インタファクス-ロシア

ソヴィエト初の原子力潜水艦K-3「レニンスキー・コムソモール」博物館として保存され、再び進水する。
艦船修理工場『ネルパ』のブログが伝えたように、進水は2017年2月に計画されている。

「この間に、造船台のプレート上での潜水艦の水密作業を完了し、単一船体を形成します~これは原子力潜水艦の艦首ブロックと移植区画の間の接合部の溶接です」
艦船修理工場『ネルパ』
の声明では、こう述べられた。

ロシア連邦政府海洋協議会のメンバーで、元北方艦隊司令官ヴャチェスラフ・ポポフは、12月末に海洋協議会の会議で、K-3「レニンスキー・コムソモール」の今後についての議論を開始すると『インタファクス』へ伝えた。
「現在は、博物館を作成する為の設計者を選択する問題が有ります。
僕の個人的な意見といたしましては、それは、レニンスキー・コムソモールを作成したマラヒート(サンクトペテルブルク海洋機械製造局「マラヒート」)であるべきです。
ポポフ
は話した。

また、対談者(ポポフ)は、海洋協議会潜水艦博物館の配置場所の問題について決定を下すと付け加えた。
以前、元司令官は、K-3は、北方艦隊或いは中央海軍博物館の支所として北極圏で保存されなければならないと『インタファクス』へ語った。

「レニンスキー・コムソモール」は、ソヴィエトで最初の、世界で3番目の原子力潜水艦であり、1957年に進水した。
1967年、戦闘勤務中に第1及び第2区画で火災が発生したが故に、原子力潜水艦では39名が死亡した。
1991年、潜水艦海軍の編制から除外された。
K-3の動力区画(原子炉区画)は2007年に撤去され、長期保管のためにサイダ湾へ送られた。
ロシアトムとの契約下で工場は実物大摸擬区画を作成した。
現在、原子力潜水艦艦船修理工場『ネルパ』で永久保存されている。



ソヴィエト連邦初の原子力潜水艦であるK-3は、プロジェクト627「キト」潜水巡洋艦(NATOコード名「ノヴェンバー」)の1番艦として、1956年9月24日にモロトフスク(現セヴェロドヴィンスク)第402造船工場(現セヴマシュ)で起工されました。
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1957年10月9日に進水した後に係留試験が始まり、翌1958年6月に終了しました。

1958年7月21日には、ソ連海軍総司令官セルゲイ・ゴルシコフ提督、ソ連造船業相ボリス・ブートマが出席し、ソ連邦海軍旗の初掲揚式典が開催されました。
この時点で、K-3は未だ航海試験も始まっていませんでした。

1958年7月3日、工場航行試験をすっ飛ばして、いきなり国家受領試験が始まりました。
翌7月4日10時3分、初めてK-3原子力機関が始動しました。

1958年8月には潜水航行試験が行なわれました。

1958年11月26日から12月2日まで白海で潜航試験が行なわれ、深度310mまで潜航しました。

1958年12月17日、巡洋潜水艦K-3受領証書への署名が行なわれ、ソ連海軍へ納入されました。

しかし、初めての原子力潜水艦という事も有り、色々と問題点が発覚した為、1958年1月には「試験運用」へ移行しました。
プロジェクト627の2番艦以降は、改良型のプロジェクト627Aとして建造されることになりました。

翌1959年も白海で各種試験に従事し、同年10月下旬に、ようやく白海からバレンツ海北方艦隊基地ザーパドナヤ・リツァ(ザオゼルスク)へ移動しました。
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1959年11月1日から15日まで初の遠距離航海を行ない、グリーンランド付近まで進出しましたが、浮上時に氷に衝突して損傷しました。

帰港後、1959年12月から1960年5月までセヴェロドヴィンスク「セヴマシュ」で修理と近代化改装を行ない、新たな航法複合体が設置されました。

1960年12月から1961年2月まで「セヴマシュ」で係留試験が行なわれました。

1961年5月26日から8月7日まで航海試験が行なわれ、再びザーパドナヤ・リツァ(ザオゼルスク)へ配備されました。

1961年9月17日から31日までカラ海において、北極海での水中航行時の航法複合体の動作試験が行なわれました。
この間、9月20日から24日まで魚雷の実弾射撃を実施しています。

1962年7月4日から21日まで検査航海を行なった後、7月11日から21日まで北極圏航海を行ないました。
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水中航行中に原子炉の冷却循環ポンプが故障し、潜航したまま修理を行なっています。

1962年9月に核燃料棒の不備が発覚し、セヴェロドヴィンスクへ回航されました。

1962年10月9日、「レニンスキー・コムソモール」と命名されました。

1963年2月26日から1965年10月29日まで原子炉の交換と近代化改装が行なわれました。
撤去された核燃料棒はカラ海へ投棄されました。

1965年10月29日から11月7日まで航海試験を行ない、同年11月24日に海軍へ引き渡され、11月29日にはザーパドナヤ・リツァへ戻りました。

1965年12月17日、ソ連の宇宙飛行士ユーリー・ガガーリン「レニンスキー・コムソモール」を訪れました。

1966年3月23日に白海で氷に衝突して潜望鏡を曲げました。

1966年7月10日から8月29日まで遠距離航海を行ない、大西洋、サルガッソー海、メキシコ湾まで進出し、魚雷発射訓練を行ないました。

1967年3月12日から4月30日までポリャールヌイ第10艦船修理工場で船体のメンテナンスが行なわれました。
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1967年7月10日から9月11日まで遠距離航海を行ない、地中海へ進出しました。
地中海から戻る途中の9月4日、ノルウェイ海で火災事故を起こし(第1区画から出火し、第2区画に延焼)、乗員39名が死亡しました。
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1967年9月14日から11月5日までセヴェロドヴィンスクで修理が行なわれました。

1968年7月21日から29日までワルシャワ条約機構諸国海軍北方艦隊バルト艦隊の合同演習へ参加しました。

1968年12月8日からポリャールヌイ第10艦船修理工場でオーバーホールが行なわれ、1971年12月28日に復帰しました。

1972年1月にはグレミハ基地へ移動しました。
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1972年10月29日から11月5日まで演習を行ないました。

1973年5月12日から6月1日まで遠距離航海を行ない、大西洋地中海へ進出しました。

1975年2月に第7区画で火災が発生し乗員2名が重傷を負いました。

1975年4月24日から6月13日までバレンツ海、ノルウェイ海、グリーンランド海で哨戒活動を実施しました。

1976年1月31日から2月21日までグレミハの浮きドックで定期修理が行なわれました。

同年6月1日から27日までポリャールヌイ第10艦船修理工場で修理が行なわれました。

1977年7月25日、「大型潜水艦」に再分類されました。

1977年12月29日からポリャールヌイ第10艦船修理工場で定期修理が始まりました。

1978年1月8日、修理中に火災が発生しました。

1978年12月30日に修理を終えて復帰しました。

1982年5月25日から6月25日までバレンツ海、ノルウェイ海、グリーンランド海で哨戒活動を実施しました。

1985年1月から9月末までポリャールヌイ第10艦船修理工場で修理が行なわれました。

1985年には、「オケアン-85」、「大西洋-85」、「北方-85」といった大規模演習へ参加しました。

1985年7月2日から27日までノルウェイ海で哨戒活動を実施しました。

1986年4月からポリャールヌイ第10艦船修理工場で修理が始まりました。

しかし修理は完了する事無く、1987年10月17日には海軍の戦闘編制から除外されました(事実上の退役)。

1988年9月9日には練習船となり、グレミハ基地に固定されました。

1989年3月14日、B-3と改称されました。

1991年には北方艦隊の編制表から消されました。

1993年9月30日、正式に海軍から除籍されました。

その後も係留保管されていましたが、2002年11月にポリャールヌイ第10艦船修理工場へ到着しました。

2003年5月30日から7月3日に使用済み核燃料が撤去されました。

2005年10月28日にはスネシュノゴルスク艦船修理工場『ネルパ』へ回航され、博物館への改装が行なわれる事になりました。
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2007年以降、原子炉区画が撤去され、代わりのダミー区画が製造されました。
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そして、2017年初頭までにはダミー区画の挿入が完了し、2017年2月に再進水する予定です。
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「レニンスキー・コムソモール」は、ムルマンスクで保存されている原子力砕氷船「レーニン」の隣に置かれる事になるようです。
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特務原潜ポドモスコヴィエ(モスクワ州)は2016年12月にロシア海軍へ引き渡される

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『ロシア通信社ノーボスチ』より
2016年11月14日15時48分配信
【原子力潜水艦「ポドモスコヴィエ」(モスクワ州)は(ロシア)海軍へ2016年12月に引き渡される】
モスクワ、11月14日-ロシア通信社ノーボスチ

艦船修理センター『ズヴェズドーチカ』(『統合造船業営団』に含まれる)は、大型原子力潜水艦「ポドモスコヴィエ」(モスクワ州)を、航海試験サイクル完了後の2016年12月にロシア海軍北方艦隊への引き渡しを計画している。
『ロシア通信社ノーボスチ』は、月曜日に同社の広報関連の専門家エフゲニー・グラジシェフより伝えられた。

特殊用途原子力潜水艦「ポドモスコヴィエ」は、現在、白海において、小型潜水艦搭載の為の改造に関連した16年間の(活動)休止後の初の航海試験を実施している。

「同艦は現在、航行試験を実施しております。
それは複数のサイクルから成ります。
土曜日(11月12日)、同艦は最初の出航から戻ってきました。
艦は更に出航し、工場航行試験を続けます。
海軍への引き渡しは12月を予定しております」
グラジシェフ
は話した。

10月22日、原子力潜水艦「ポドモスコヴィエ」は工場水域から去り、試験プログラム実行の為に出航した。
海洋条件において艦の乗組員と『ズヴェズドーチカ』はの試験実施チームは、全てのシステム及び機構のサイクル点検を実施し、計画任務へ取り組み、潜水艦の設計特性を確認している。

プロジェクト667BDRM戦略水中ロケット艦K-64は1982年12月に『セヴマシュプレドプリャーチェ』された~7隻が建造された潜水艦シリーズの3隻目である。
艦は1987年2月24日にソヴィエト社会主義共和国海軍(北方艦隊第3潜水艦小艦隊)へ採用された。
同年に潜水艦の乗組員は白海の射爆場から弾道ミサイルの発射訓練を実施した。
その後、ロケット艦は、海洋戦略核戦力グループの一員として9回の自立戦闘任務を遂行した。

1999年、潜水艦は、修理と、ロシア国防省の深海調査管理総局の為の小型潜水艦を搭載する改造へと向かった。
2015年8月、原子力潜水艦BS-64「ポドモスコヴィエ」は工場係留試験を始めた。



プロジェクト667BDRM(デルタIV級)戦略用途ロケット水中巡洋艦K-64は1982年12月18日に起工され、1984年3月3日に進水し、1986年12月23日にソ連海軍へ納入されました。

翌1987年2月24日に赤旗北方艦隊第3潜水艦小艦隊・第13潜水艦師団へ編入され、正式に就役しました。

1988年10月に弾道ミサイルの発射訓練を行なった後、同年11月から戦闘勤務(戦略核パトロール)に就きました。

その後、1995年まで戦闘勤務に就いていましたが、1999年からは第2カテゴリー予備役となり、セヴェロドヴィンスク市艦船修理工場「ズヴェズドーチカ」へ回航され、特務原潜(小型原潜母艦)プロジェクト09787への改造工事が始まりました。
これに伴い、K-64BS-64と改称されました。

2002年以降、弾道ミサイル区画が撤去されました。
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2008年に「ポドモスコヴィエ」(モスクワ州)と命名されました。

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その後の動向は明らかにされませんでしたが、改造工事は進められ、2015年8月11日に造船台を出渠し、翌12日に進水しました。
[ロシア海軍の小型原潜母艦BS-64ポドモスコヴィエは造船台を出た]
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2016年10月22日、航行試験の為にセヴェロドヴィンスクを出航しました。
[ロシア海軍の小型原潜母艦BS-64ポドモスコヴィエは航行試験を開始した]


11月12日に一旦セヴェロドヴィンスクへ戻りました。

今後も航行試験は続けられます。

今回の記事でも触れられていますが、「ポドモスコヴィエ」は、2016年12月にロシア海軍へ引き渡される予定です。
[特務原潜ポドモスコヴィエとAS-15は2016年末までにロシア海軍へ復帰する]