空母アドミラル・クズネツォフの最高の艦上戦闘機パイロット達
- カテゴリ:艦上戦闘機Su-33

ロシア連邦軍機関紙『クラースナヤ・ズヴェズダー』より
2014年7月16日19時27分配信
【サフォーノフ隊員の最高の飛行術】
著者:『クラースナヤ・ズヴェズダー』オーリガ・ヴォロビェワ
ソヴィエト連邦英雄2度受賞ボリス・サフォーノフ記念独立艦上戦闘機航空連隊の飛行士たちは最上級のパイロットであり、最近の地中海への航海において、それは再び実証された。
短い休暇の後、彼等は再びセヴェロモルスク-3飛行場からの計画飛行を開始する。
7月17日-海軍航空の日
海軍航空隊はロシア軍事航空隊のエリートと見なされており、甲板飛行士は、当然ながらエリート中のエリートと呼ぶ事が出来るだろう。
エフゲニー・クズネツォフ大佐指揮下のユニークなサフォーノフ連隊は、ロシア軍において唯一の存在である。
航空巡洋艦の甲板からの最も困難かつ危険な飛行を実行する戦闘機飛行士は、ここにしか用意されていない。
甲板飛行士よりもリスクが高いのは、試験飛行士のフライトくらいのものであろう。
伝説のロシア英雄チムール・アパキージェ少将は、生前、世界で航空母艦からのフライトよりも危険なものは無いと話している。

しかし、最も困難な飛行の許可を得る前には、高いレベルの技量を達成する為に1年間が必要である。
最初に甲板飛行士は陸上飛行場でのコース訓練を受ける。
その後、航空地上試験訓練複合体ニートカでフライトを学ぶ。
セヴェロモルスク-3飛行場において10数回の飛行勤務を行なった後、複雑かつ高度な飛行術を習得し、グループ編隊飛行の技量を向上させる。
[参考]
ソヴィエト連邦英雄2度受賞B.F.サフォーノフ記念独立艦上戦闘機航空連隊は、1973年9月15日にクリミアのサキ飛行場で形成された。
1976年、連隊は重航空巡洋艦「キエフ」と共にムルマンスク州へ移動した。
駐留場所は、遠隔駐屯地セヴェロモルスク-3飛行場となった。
艦上航空隊の開発には、艦上戦闘機パイロット群を準備し、重航空巡洋艦「アドミラル-フロータ-ソヴィエツカヴァ-ソユーザ・クズネツォフ」の甲板からの飛行を習得したロシア英雄チムール・アパキージェ少将が莫大な力を注いだ。
チムール・アヴタンジロヴィチは、サキ海軍飛行士訓練センターで勤務していた1991年9月15日にこの艦へ初めて着艦した。

訓練プログラムに沿って、パイロットは戦闘応用飛行、空中目標迎撃、空中戦闘機動を実施する。
これは全て海洋訓練プログラムへ入る為の試験と認められている。
1年間に渡る研修の結果を総括する甲板飛行士の為の最も重要な戦闘訓練イベントは、遠距離航海である。
この長い訓練段階を成功裏に完了した後でのみ、地中海への航海へと向かう重航空巡洋艦「アドミラル-フロータ-ソヴィエツカヴァ-ソユーザ・クズネツォフ」の艦の甲板での飛行許可が得られる。
最近の地中海航海において、海洋エース達は再び航空母艦の甲板からの飛行技量を確保し、戦闘機Su-33で350回以上のフライトを行なった。
北方艦隊海洋航空隊飛行組織管理部長でロシア英雄のイーゴリ・マトコフスキー大佐は、航空艦グループの航空隊担当司令官代理の職責で航海を実行した。
彼が指摘したように、「クズネツォフ」の地中海航海は、通常は2-3ヶ月であるが、今回は5ヶ月間だった。
「遠距離航海は、興味深いイベントで満たされました:アメリカ人との会合、キプロスでの仕事、ロシア船員のレセプションとキプロス共和国大統領のフライト、シリアでの仕事」
イーゴリ・フェオクトヴィチは言った。
「ですが、強い印象を受けたのは、地中海、特に、外国の周辺でのフライトと関連していました」
彼は、個人的に達成した-航空母艦の甲板への200回の完全な着艦を。
イーゴリ・マトコフスキーは、控えめに黙っていた。
質問に対し、これは、彼が最初に同艦の甲板へ戦闘機で着艦した1998年以来、約16年目であった事だけを答えた。

この航海においては、更に、航空連隊司令官代理パーヴェル・ポドグゾフ中佐が200回目の着艦を達成した。
空中射撃-戦術訓練班長ユーリー・スースロフ中佐及び飛行安全勤務班長イーゴリ・ツクル中佐は、同艦の甲板へ戦闘機Su-33で100回目の着艦を行なった。
この航海で甲板飛行士は自身の技量を向上させただけでは無く、実地任務を遂行した。
彼らは戦闘当直に就き、地中海で常時活動するロシア海軍作戦連合部隊の対空防衛を担い、更に我々の艦は、シリア化学兵器輸送の安全保障へ参加する為に同行した。
「全ての指示された任務を、我々は計画に厳密に従い、安全かつ時間通りに遂行しました」
マトコフスキー大佐は話した。
「このように長期に渡り継続された航海も、愛する家族が待っている事を知れば、全て克服出来ました」
飛行中隊指揮官セルゲイ・サウシキン中佐は、カチン高等軍事航空学校を卒業し、1996年に有名なサフォーノフ連隊で勤務する為に着任した。
N.G.クズネツォフ海軍アカデミーで学んだ後、有望な士官は再び北極圏へ戻り、複雑な飛行プログラムへの積極的な習熟を始めた。
2011年、彼は1級飛行士となった。
今回の航海(彼にとっては5回目)で、彼は巡洋艦の甲板へ20回の着艦を行なった-これまでの合計では85回となった。
「私達は、地中海上のフライトで大いなる満足を得ました。そこは晴れて暖かく、素晴らしい仕事でした」
セルゲイ・サウシキンは述べた。
「地中海エリアを移動する様々な国々の艦を上空から見る事は興味深いですね」
航空連隊の空中射撃-戦術訓練班長ユーリー・スースロフ中佐が伝えたように、今回、全ての飛行士が17-20回の着艦を遂行しており、これは良い結果である。
「パイロットの航空母艦の甲板からのフライトの実施は限られており、それは各員が全て同様ですが、充分ではありません」
ユーリー・スースロフ中佐は説明した。
「私は10年に渡り艦から飛行しており、既に甲板へ100回以上の着艦を行ないましたが、私は、まだまだこれからもやりたいと思っております。
各飛行士は、今回の地中海で新たな経験を得ました。
例えば、ボリス・カリムツスキー中佐とセルゲイ・サウシキン中佐は、艦への着艦の目視管理者となりました」
航空連隊副司令・飛行訓練担当パーヴェル・プリャドコ中佐は、1992年以来、北極圏で勤務している。

今回の遠距離航海はパーヴェル・イワノヴィチにとっては7回目となるが、初めて祖国の駐屯地へ戻った際、妻の為にバラの花束を持って航空機のキャビンから降りた。
何処で花を入手したのかは、全て謎のままである。
「僕がスヴェトラーナと一緒になって27年が経ち、2人の息子を授かりました」
パーヴェル・イワノヴィチは話した。
「27歳になる長男セルゲイはモスクワ航空研究所を卒業し、空気力学設計者として働いています。
20歳になる次男アントンはモスクワ国立建築大学の学生です。
僕は、妻と会う際、僕へ花束を渡される事は容認できないし、花束を渡すのは男の役目だと思っております。
お気に入りのバラ-それは、ほんの少しの感謝、愛、忠誠、忍耐です」
夏季訓練期間は、時として飛行士にとって最も激烈であると見られている。
パイロットは、高速の仮想敵の空中目標を迎撃する空中戦闘訓練の要素へ取り組む。
飛行士たちは、航空機Su-25UTG、Su-27UB、Su-33で高度かつ複雑な飛行術を実行する技量の改善を続ける。
甲板飛行士達と別れる際、サフォーノフ航空連隊への装備が予定されている新たな第4世代多目的戦闘機MiG-29(K)についての意見を尋ねてみた。

「そうですね、我々は、この機体をマスターしなければなりませんが、新たな航空機へ移行するとしても、僕達は、長年に渡り、自身の力で成功裏に(任務を)実行したSu-33の全てを気に入っています」
セルゲイ・サウシキンは話した。
ロシア海軍北方艦隊の重航空巡洋艦「アドミラル-フロータ-ソヴィエツカヴァ-ソユーザ・クズネツォフ」は、2013年12月17日から2014年5月18日まで5ヶ月間の長期航海(地中海遠征)を実施しました。
[空母アドミラル・クズネツォフ第5次地中海遠征(2013年12月-2014年5月)]

当然ながら、「アドミラル・クズネツォフ」艦載機部隊の「ソ連邦英雄2度受賞ボリス・サフォーノフ名称記念第279独立艦上戦闘機航空連隊」のパイロット達も参加しました。
[ロシア海軍の艦上戦闘機連隊は創設40周年を迎えた]
今回の記事によると、「アドミラル・クズネツォフ」のボリス・サフォーノフ連隊のパイロット達は、地中海で飛行訓練を行なっただけでは無く、シリア化学兵器輸送船の護衛にも参加したようです。
[ロシア空母部隊はシリア化学兵器輸送の護衛に参加する]
ロシア海軍当局からシリア化学兵器輸送船の護衛任務へ参加した事が公表されたのは、重原子力ロケット巡洋艦「ピョートル・ヴェリキー」のみです。
同艦が化学兵器輸送護衛作戦を始めて実施した2014年1月7日、「アドミラル・クズネツォフ」は未だシリア沖へは到達していませんでしたが、2月10日には地中海東部で「ピョートル・ヴェリキー」と合流しております。
[重航空巡洋艦アドミラル・クズネツォフは地中海東部で原子力巡洋艦ピョートル・ヴェリキーと合流した]
その後、「ピョートル・ヴェリキー」は2014年4月上旬まで化学兵器輸送船を護衛しており、同時期には「アドミラル・クズネツォフ」も地中海東部に居ました。
[重原子力ロケット巡洋艦ピョートル・ヴェリキーは13回に渡りシリア化学兵器輸送船団を護衛した]
「ピョートル・ヴェリキー」と同じ回数ではないにせよ、化学兵器輸送護衛作戦へ何度か参加した事は確かでしょう。
今回の記事には、艦上戦闘機Su-33のベテランパイロットが何名か登場していますが、その中の1人であるパーヴェル・イワノヴィチ・プリャドコ中佐は、1992年からサフォーノフ航空連隊で勤務しており、これまでの「アドミラル・クズネツォフ」の遠距離航海(北東大西洋へ2回、地中海へ5回)にも全て参加しているようです。
おそらくは、サフォーノフ連隊の艦戦パイロットでも最古参でしょう。

今回の地中海遠征では、何名かのベテランパイロットが「アドミラル・クズネツォフ」への100-200回目の着艦を達成しています。

航空連隊空中射撃-戦術訓練班長ユーリー・スースロフ中佐は、2014年1月初頭に北海で「アドミラル・クズネツォフ」への100回目の着艦を達成しました。
[空母アドミラル・クズネツォフは北海で艦上戦闘機Su-33の飛行訓練を実施した]
航空連隊飛行安全勤務班長イーゴリ・ツクル中佐は、2014年2月中旬に地中海東部で「アドミラル・クズネツォフ」への100回目の着艦を達成しました。
[空母アドミラル・クズネツォフ艦載機は地中海東部で飛行訓練を継続する]
北方艦隊海洋航空隊飛行組織管理部長イーゴリ・マトコフスキー大佐と航空連隊副司令パーヴェル・ポドグゾフ中佐は、2014年3月上旬に「アドミラル・クズネツォフ」への200回目の着艦を達成しました。
[2名のSu-33パイロットは空母アドミラル・クズネツォフへの200回目の着艦を達成した]
なお、航空連隊副司令(飛行訓練担当)パーヴェル・プリャドコ中佐は、前回の「アドミラル・クズネツォフ」地中海遠征(2011年12月-2012年2月)時の2012年1月下旬にマルタ島沖で「アドミラル・クズネツォフ」への100回目の着艦を達成しています。
[空母「アドミラル・クズネツォフ」はマルタ島沖で飛行訓練を行なう]
記事末尾で触れられているように、今後、サフォーノフ連隊には新たな艦上戦闘機MiG-29Kが導入されますが、同連隊のベテランパイロット達は、これまで長年に渡って乗ってきたSu-33を気に入っているようです。

現用のSu-33は寿命延長改修が行なわれており、新たな艦上戦闘機MiG-29Kと共に「アドミラル・クズネツォフ」で運用されることになりますが。
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