ロシア下院国防委員長はロシア海軍地中海作戦部隊について語った

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『ロシア通信社ノーボスチ』より
【艦船グループと潜水艦は地中海戦隊の基礎である】
モスクワ、3月15日-ロシア通信社ノーボスチ、セルゲイ・サフロノフ

ロシア連邦海軍地中海戦隊は10隻の(戦闘)艦及び保障船で構成され、複数のグループ~打撃艦、対潜艦、掃海艦~が加入すべきである。
金曜日、元黒海艦隊司令官でロシア下院国防委員会委員長ウラジーミル・コモエドフ提督はロシア通信社ノーボスチに表明した。

以前、セルゲイ・ショイグ国防相は、地中海におけるロシアの利益を保護する為、ロシア連邦海軍作戦部隊の独立管理部の創設が必要であると表明した。

「2-3隻の艦から成る1つの打撃艦グループ、1つの対潜・掃海艦グループが必要です。
指示された任務に応じ、これらのグループの基礎ローテーションは変更できます。
地中海の状況を明るみにする為には、3艦隊(黒海、北方、バルト)の10隻の艦船で十分でしょう」

コモエドフは話した。

彼によると、これらの艦は、特定ゾーンの作戦状況を支援し、潜水艦を探索し、通信に従事する為、定期的に演習を実施しなければならない。

黒海艦隊司令官は管理組織を編成し、司令部を艦に乗せて直接に地中海へ出動させなければならない事をコモエドフは指摘した。

[潜水艦は必要である]
更に、部隊の編制には潜水艦を有している事が望ましい。
「この場合、最良の選択肢は、北方艦隊の原子力潜水艦の参加か、或いは、間もなく黒海艦隊に来るディーゼル潜水艦の加入でしょう」
提督は話した。

また彼は、潜水艦の支援の為、戦隊の編成には、必要とあらば乗組員を避難させ、高い空気圧を提供し、火災を消し止め、放射線を測定する為の救助船「釣鐘」(深海潜水艇)と共に有している必要が有る事を想起させた。

加えてコモエドフは、ディーゼル潜水艦の持続力の保障の為には、海洋における燃料補給が必要である事を強調した。
「この為には、浮上しなければなりません。バッテリーを充電した後、10日間水中で行動する為に。
通常、燃料補給は、水上で行なわれます。
ですがこれは、彼ら(潜水艦)の隠密性に反しております。何故なら、彼らは海上で"騒音"を発する事になるからです」

提督は話した。

[主要問題は基地である]
ロシア海軍作戦部隊の常時展開場所となる地中海には、艦船が寄港する基地、或いは、乗組員が休養し、水、食料、燃料を補充する為の基地が必要である。

「我々は、タルトゥース(シリア)に滞在しておりますが、そこには基礎となるものは無く、小型艦のみの駐留・補給所しか有りません。
これは、そう、常に低速で海上を移動しているか、或いは、投錨していなければならない事を意味します。
それは、艦の動力にとって負担になります」

コモエドフは話した。
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同時に彼は、休養と物資補充の為にロシア艦が短期寄港する機会を提供できる可能性を有する複数の地中海諸国と交渉を行なう必要が有ると表明した。

「選択肢といたしましては、ギリシャ、キプロス、シリア、レバノンを検討する事が出来ます。
ですが残念な事に、フランス沿岸コート・ダジュールのヴィルフランシュのような完全な基地を近い将来にロシアが得る事は無いでしょうね」

提督は話した。
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軍港ヴィルフランシュは16世紀半ばに登場し、1770年、アレクセイ・オルロフ伯爵が指揮する戦隊のロシア戦闘艦が初めて停泊した。
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湾の深さ65メートルは、地中海で最も安全な場所の一つであると見られた。
オルロフ兄弟は、地中海におけるロシア戦隊の常時駐留地を探していたエカチェリーナ2世によって派遣され、自費で同湾を購入し、その後、国へ移管した。
それ故に、戦隊の艦は、有名なチェスマの戦いへ加わった。
ヴィルフランシュロシア海軍基地は1880年まで存続した。
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以前、参謀本部の高位の代理人は、物資補充と乗組員の休養の為、艦の外国港への寄港の問題について検討する必要が有るとロシア通信社ノーボスチに表明した。
ソヴィエト社会主義共和国連邦時代には、エジプト、シリア、アルジェリア、リビア、その他の国の港が、この(物資補充と乗組員の休養)為に使用されていた。
現在、寄港出来る港として検討されている国は、キプロス、モンテネグロ、ギリシャ、更にはシリアタルトゥースが有ると対談者は後に話した。

[ソヴィエト社会主義共和国連邦時代の地中海戦隊]
1967年から1992年まで、海軍第5地中海戦隊の艦船が地中海で活動していた。
同戦隊には、様々な時期に30~50隻の艦船が居た。
それ(第5地中海戦隊)は「冷戦」期間中、地中海の軍事行動舞台で戦闘任務を遂行し、特に、アメリカ合衆国海軍第6艦隊に対抗する為に設立された。

「むしろ、その結果、何も残らず、今、それは割れたガラスの山のようです。
それは全体を透明化し、地中海全体を見渡すことが出来ました。
今、リビア、シリア、エジプトを見渡す事は出来ず、ユーゴスラビアは全く見えません」

コモエドフは話した。
(2013年3月15日15時00分配信)


2013年1月下旬、ロシア海軍3艦隊(黒海艦隊、バルト艦隊、北方艦隊)合同演習黒海及び地中海東部で実施されました。
[ロシア海軍3艦隊合同演習(2013年1月下旬)]

その後、2013年2月に地中海作戦部隊創設の話が出てきました。
[ロシア海軍地中海作戦部隊創設]

3月初頭、元黒海艦隊司令官(1996年2月-1998年7月)のヴィクトル・アンドレイヴィチ・クラフチェンコ提督(1943年12月5日生まれ)は、『インタファクス』の取材に対し、地中海作戦部隊創設は非現実的であると述べています。
[元ロシア海軍総参謀長はロシアに地中海作戦部隊を運用する能力が無いと言った]
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今回の記事に登場するウラジーミル・ペトロヴィチ・コモエドフ提督(1950年8月14日生まれ)は、クラフチェンコ提督の後任として黒海艦隊司令官を務めています。
(1998年7月-2002年10月)
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クラフチェンコ提督は潜水艦乗りでしたが、コモエドフ提督は対潜艦乗りでした。

現在、クラフチェンコ提督は民間の軍事評論家として活動しており、コモエドフ提督はロシア共産党の下院議員で下院の国防委員長を務めています。

「元黒海艦隊司令官」である以外は全く正反対の二人ですが、ロシア海軍地中海作戦部隊の創設に関しても意見は正反対です。

クラフチェンコ提督が黒海艦隊司令官を務めた1990年代末期(1996年2月-1998年7月)はロシア海軍が最もどん底に在った時期であり、おまけに、当時の黒海艦隊ロシア・ウクライナ間で帰属分割問題に揺れており、クラフチェンコ提督は指揮下に在る筈の艦隊を殆ど動かす事も出来ない有様でした。
現在、黒海艦隊の旗艦を務めているロケット巡洋艦「モスクワ」は、クラフチェンコ提督の在任時にはオーバーホール中でした。

これに対し、コモエドフ提督が黒海艦隊司令官に就任した時(1998年7月-2002年10月)には、ロシア・ウクライナ間の黒海艦隊問題はとうに解決されており、クラフチェンコ提督の在任時よりは多少は状況が好転しておりました。
1999年のロシア黒海艦隊所属艦のユーゴスラビア沖展開はコモエドフ提督の指揮下で実施され、彼の在任中、ロケット巡洋艦「モスクワ」はオーバーホールを終えて現役に復帰、黒海艦隊旗艦に返り咲きました。

地中海作戦部隊の創設に関する両者の見解の違いには、このような過去の事情も在るのかもしれません。

しかし、コモエドフ提督は、現在のロシア海軍物資・技術供給所タルトゥースには満足していないようです。
特に、タルトゥース港へ接岸できる艦船のサイズが制限されているが故に。
一例をあげると、重航空巡洋艦「アドミラル・クズネツォフ」タルトゥース港に接岸出来ません。
同艦は、以前に3回タルトゥースへ寄港していますが、沖合に錨を降ろして停泊したのみでした。
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記事中に登場するアレクセイ・グリゴリエヴィッチ・オルロフ(1737-1807年)は、ロシア帝国の貴族軍人です。
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1762年のピョートル3世に対するクーデターに参加し、女帝エカチェリーナ2世の政権奪取に加担しました。
一般にはピョートル3世を獄中で殺害したのは彼であると信じられていますが、明白な証拠は有りません。

エカチェリーナ2世即位後、少将に昇進し、伯爵位を授けられました。
1770年、ロシア・トルコ戦争チェスマ海戦に艦隊を率いて参加し、トルコ艦隊に勝利を収めました。
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